カテゴリー別アーカイブ: 例会のお知らせ

西洋比較演劇研究会11月例会のお知らせ

今回は会場が明治大学となります。奮ってご参加ください。

2013年11月23日(土・祝)14時-18時
会場 明治大学駿河台キャンパス 研究棟4階 第一会議室
※校舎についてはこちらをご参照ください。
※アクセスについてはこちらをご参照ください。
※リバティタワー正面より左手に研究棟への連絡通路があります。

シンポジウム「復讐の想像力に関する演劇の比較研究:セネカの戯曲と法思想をめぐって」

〈シンポジウムの趣旨〉
今回のシンポジウムは、2013年6月に日本演劇学会全国大会(於・共立女子大学)で行われたシンポジウム「復讐の想像力に関する演劇の比較研究」の続編である。前回のシンポジウムでは古代ギリシャ、エリザベス朝、および16世紀後半のフランスの演劇に見られる復讐について検討した。今回はこれら三つの時代の復讐劇をつなぐ存在であり、西洋演劇における復讐の表象に大きな影響を与えたセネカの戯曲、ならびにその背後にあるローマの法思想について、二人の専門家に論じていただく。

シンポジウム・コーディネータ:小田中章浩(大阪市立大学)
〈コーディネータ・プロフィール〉
大阪市立大学大学院文学研究科教授。専門はフランス演劇、表象文化論。著作に『現代演劇の地層——フランス不条理劇生成の基盤を探る』(ぺりかん社、2010年)『フィクションの中の記憶喪失』(世界思想社、2013年)。

パネリスト1: 玉垣あゆ(名古屋大学)
〈発表要旨〉
セネカの悲劇は、後世の復讐悲劇に大きな影響を与えたと言われる。しかしラテン語において「復讐する」を意味する語ulciscor、u(v)indico、pu(oe)nioが、いずれも「罰する」という懲罰の意味を含んでいるように、彼の悲劇では「復讐(revenge)」と「罰(punishment)」が混在し、翻訳においても訳者の裁量に委ねられていると言える。発表では、劇中の言語に着目し、復讐、及び罰に係わる用語(特に「罰」と訳されることが多いpoena)の用法について詳細に見ていきたい。
〈発表者プロフィール〉
名古屋大学ほか非常勤講師。専門は西洋古典学(主にセネカ悲劇研究)。論文として「セネカの『オエディプス』における運命と意志」(『西洋古典研究会論集』21号、2012)「不実な夫の悲劇——セネカ『パエドラ』についての一解釈——」(比較文化研究106、2013)他がある。

パネリスト2: 林智良(大阪大学)
(1)まず、ごく簡単に法学とフィクション研究の関係を整理して自分の議論の出発点を定める。その際に、林田清明等によりつつ「法と文学」という研究潮流が法学に存在することに言及する。
(2)穗積陳重『復讐と法律』に専らよりつつ、現実の法思想・法制度が一般的には加害に対する報復の程度を制限しており、復讐の連鎖を続けさせない方向を目指したことを説明する。
(3)紀元前5世紀の十二表法における(加害への復仇の)同外報復への限定や元首政期(紀元後2世紀頃)の加害者委付制度などの説明を通じて、ローマ法が諸々の法体系の中でも特に復讐の制限に初期から積極的であったことを示す。その一方で、ユーゴスラヴィアのコソヴォ地方など、血讐を奨励する法体系も近代に至るまでヨーロッパにあった旨を(石部雅亮等によりつつ)示す。
(4)そのうえで、セネカの創造した劇世界に現実のローマ法思想・法制度が有した影響の可能性を、ギリシャ的素材に伏在するローマ的な地金を慎重に見分けつつ、見いだす。
〈発表者プロフィール〉
大阪大学大学院法学研究科教授(ローマ法専攻)。博士(法学)。1962年生まれ。京都大学法学部卒業・京都大学大学院法学研究科博士課程後期単位取得退学。主な著書に『共和政末期ローマの法学者と社会 -変容と胎動の世紀』(法律文化社、1997年)がある。

西洋比較演劇研究会10月例会のお知らせ

厳しい夏もようやく終わりを告げようというとしております。研究・観劇にようやく適した季節となりました。

後期第1回例会の詳細をお送りします。
後期開始早々ということもあり、また、翌週の演劇学会の研究集会とも間がないことから、早めのお知らせとさせていただきました。
※なお、次回例会は11月23日(土・祝)明治大学を会場として行う予定です。

日時:10月5日(土)14時-18時
会場:慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎2階大会議室
■住所
〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1
■交通アクセス
・日吉駅(東急東横線、東急目黒線/横浜市営地下鉄グリーンライン)隣接
※東急東横線の特急は日吉駅に停車しません。

〔研究発表〕
熊谷知子「小山内薫の晩年における英雄・偉人劇について—二世市川左団次の演じた『森有礼』、『戦艦三笠』、『ムツソリニ』を中心に—」

〈要旨〉
本報告では、小山内薫(1881〜1928)作・演出、二世市川左団次(1880〜1940)主演による3つの作品、『森有礼』(1926年12月・歌舞伎座、翌年12月歌舞伎座で再演)、『戦艦三笠』(1927年11月・歌舞伎座)、『ムツソリニ』(1928年5月・明治座)の上演を中心に、小山内の晩年における商業演劇との関わりについて考えたい。小山内の晩年といえば、『国性爺合戦』など近松の改作やソ連訪問などがよく知られているが、まさにそれらと同時期の仕事である、上記の英雄・偉人劇の創作をはじめとした数々の商業演劇における仕事については、これまで十分な考察がされてこなかったように思う。たしかに、これらの戯曲は今日の読者の情動を揺さぶるものではない。しかし、上演時の劇評や雑誌の読者投稿を見てみると、当時流行していた伝記劇のなかでも決して評判の悪いものではなく、むしろ多くの観客を喜ばせていたであろうことが想像できる。今回は、この3つの英雄・偉人劇の上演を考察することで、小山内薫の商業演劇との関係について探る端緒としたい。

〈プロフィール〉
熊谷知子
慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。明治大学文学研究科演劇学専攻博士後期課程在籍。小山内薫の宗教信仰や商業演劇との関わりを中心に日本近代演劇を研究している。論文に「「新劇場」と「至誠殿」—小山内薫の宗教信仰における一考察—」(『文学研究論集』37号、2012年)など。

〔研究発表〕
佐野語郎「全体演劇 わがジャンヌ、わがお七」の創造過程と上演の意味

演劇ユニット 東京ドラマポケットvol.3+シアターΧ(カイ)提携公演「全体演劇 わがジャンヌ、わがお七」(作・演出:佐野語郎/2012年8月24日〜26日/東京・両国シアターΧ)の企画段階から上演終了までの創造過程を検証することで、企画の意図・脚本創作の動機・演出および演技などの実際を明らかにし、戯曲の再現・舞台化ではない演劇の自立性および上演における演技・音楽・舞踊・人形(お七とジャンヌ)などのポリフォニックな舞台表現(多声的要素)による全体演劇の可能性について考察したい。また、劇中劇(主人公は歴史上のヒロインではなく、その父と母)を展開させていくコロスたちは、ムーヴメント・合唱・語り・言葉の音楽・講談、そして劇中劇の人物としても加わりその演技の幅と多様性を求められたが、その演劇的存在についても考えたい。
なお、この公演には、西洋比較演劇研究会の皆さんが何人も来場され、2013年1月発行の上演記念誌BOOKLETには五名の方が劇評を寄稿してくださっている。もちろん多くの会員の方は観劇されていないので、本報告では、資料DVD(34分・英文字幕入り)を映写することで、議論がさらに活発になればと願っている。この資料DVDは、公演完全収録版DVD(2時間15分)の映像記録も取り入れながら、まったく新たに公演紹介用として編集したものです。

〈プロフィール〉
佐野語郎
日本橋女学館高等学校非常勤講師。戯曲創作・舞台演出・童話出版の傍ら、高校・大学の演劇教育に携わる。全国研究集会における発表として「戯曲にみる聴覚効果と音楽演劇の多層性」(大手前大学)「演劇ユニットの形成過程と共同体としての特質」(大阪市立大学)ほか。

西洋比較演劇研究会2013年度7月例会のお知らせ

会員の皆様
早いもので前期最後の例会の案内です。今回は会場を明治大学に移しての開催となります。何卒奮ってご参集くださいますようお願い申し上げます。

2013年7月13日(土) 14時〜18時
会場 明治大学駿河台キャンパス 研究棟4階 第一会議室

※校舎についてはこちらをご参照ください。
※アクセスについてはこちらをご参照ください。
※リバティタワー正面より左手に研究棟への連絡通路があります。

【研究発表1】
せりふと表情と翻案と —文士俳優・土肥春曙の理想と挫折—
村島彩加(明治大学)
【研究発表2】
セネカ悲劇に見る「運命」と「人」〜『トロイアの女たち』における劇構造の観点から〜
玉垣あゆ(名古屋大学)

※終了後臨時総会が開催される可能性があります(15分程度の予定)。

【発表要旨1】
せりふと表情と翻案と —文士俳優・土肥春曙の理想と挫折— 
村島彩加

文芸協会の俳優として演劇史に名を留めている土肥春曙(1869〜1915)は、従来の演劇研究において言及されることの少ない存在であった。その当たり役としては、文芸協会公演における『ハムレット』のタイトルロールが知られているが、彼の役者としてのスタートは明治38年(1905)であり、その活動は短い一生の最晩年の10年に満たない。しかし、彼は明治34〜35年(1901〜02)の川上音二郎一座欧州巡業に「通訳兼演劇研究」として随行して以降、多くの演劇および文芸雑誌に欧州の演劇事情を紹介する文章を掲載、また従来の歌舞伎とも新演劇とも違う新しい演技の創生を提唱し、社会劇の翻案上演を推奨していた。それらの言説、またそこに立脚しての彼の演劇活動からは、彼が文芸協会の花形役者としてだけではなく、様々な角度から時代に即した新しい演技を模索していた過程が浮かび上がってくる。本報告では、従来等閑視されがちであった春曙の活動を「俳優として」「文士として」「演劇の指導者として」の三点から検証し、彼が理想とした新しい演技と、その完成に向けての模索の跡を辿ることで、初期の新劇における演技術創出の一端を知ることを目的としたい。

<発表者プロフィール>
村島 彩加
明治大学文学部兼任講師。幕末〜大正期の演劇写真に見る歌舞伎の近代化を検証することを中心に、化粧、表情など演技の様々な要素の近代化を研究している。

【発表要旨2】
セネカ悲劇に見る「運命」と「人」〜『トロイアの女たち』における劇構造の観点から

玉垣あゆ(名古屋大学)

昨年末イスラエルに於いて、エウリピデス作『トロイアの女たち』がアラブ系、ユダヤ系のイスラエル人と日本人の俳優たちによって上演されたことは記憶に新しい。前416年のアテーナイ人によるメーロス島民虐殺事件を踏まえて作られたこの劇は、一般に「反戦劇」と解釈される。それに対し、エウリピデスから約450年後、平和を謳歌する古代ローマにおいて、哲学者セネカによって制作された同名の悲劇は、トロイア戦争後のトロイアという舞台背景、敗者であるトロイアの女たちと勝者であるギリシアの将軍たちという登場人物たちこそほぼ同一であるものの、「反戦劇」と捉えられることはない。これは、劇中に冥界の描写や亡霊の登場が認められる一方、「死後は何も存在しない」というストア思想を歌う第二合唱歌の存在があり、この矛盾をどう解釈するのか、「死」について多く論じられてきたためである。しかしこの部分的な矛盾に捕らわれるあまり、先行研究では全編を通した劇そのものの解釈が疎かにされてきたように発表者には思われる。本発表では、『トロイアの女たち』におけるセネカの独自性を確認した上で、「輪の構成(ring-composition)」と登場人物たちの対応関係という既に指摘された劇構造に再度着目し、登場人物たちの間に新たな対応関係を見出すことによって、「運命」という枠の中で人がいかに生きるか、人としての心のあり方が本作品を通して読みとられることを明らかにしたい。

〈発表者プロフィール〉
玉垣あゆ
名古屋大学ほか非常勤講師。専門は西洋古典学(主にセネカ悲劇研究)。「セネカの『オエディプス』における運命と意志」(『西洋古典研究会論集』21号、2012)「不実な夫の悲劇−セネカ『パエドラ』についての一解釈−」(比較文化研究106、2013)

西洋比較演劇研究会4月総会・例会のご案内

新たな年度の開始がまもなくとなりました。以下のように総会と最初の例会をひらきます。

日時 2013年4月13日(土)14:00〜18:00
場所 成城大学7号館3F・733教室

1 総会
2 研究発表

管理された無秩序:「バナ学バトル★☆熱血スポ魂秋の大運動会!!!!!」における身体と「なりきり文化」

日比野啓(成蹊大学)
アニメの主題歌やアイドルの楽曲を中心としたJポップをサンプリングして大音響で流しながら、制服・軍服姿の男女が踊り、叫び、舞台から客席に向かってなだれ込み、物や液体を投げつける、というバナナ学園純情乙女組(以降「バナ学」)の挑発的で刺激的な公演は、1980年代以降の小劇場演劇とは一線を画し、精神においてアングラ演劇を思い起こさせるものであり、とりわけ観客とのインタラクションに重きをおくそのスタイルは近年の日本の小劇場におけるコミュニケーションのありようを再定義するものであった。その一方で、アングラの実践を理論的に補強するものだった、疎外論にもとづく解放言説—「肉体の叛乱」(土方巽)という言葉が想起させるような—とバナ学は無縁である。バナ学のパフォーマンスが作り出すカオスとは、あらかじめその効果を厳密に計算された、管理されたものであり、パフォーマーたちが振り付けどおりの一糸乱れぬ動きをするさまは北朝鮮のマスゲームまたはナチスドイツ時代の軍隊行進を思わせるものだからだ。にもかかわらず、竹内敏晴ならば「学校的身体」と呼んだかもしれないバナ学のパフォーマーたちの身体は生き生きと躍動しており、生のエネルギーとしか呼びようのないものが劇場には充満している。本発表では、バナ学のこれまでの作品をビデオで紹介しながら、同時代サブカルチャーとの密接な関係、とりわけカラオケ/コスプレ/ニコニコ動画「やってみた」といった、日本的な「なりきり文化」の影響を確認したうえで、これを補助線として、抑圧/解放という二項対立を無効化する新たな身体論の実践としてバナ学の公演を位置づけたい。

日比野啓。成蹊大学准教授。東京大学大学院文学部英文科修士課程、ニューヨーク市立大学演劇学科博士課程修了。編著に『明治・大正・昭和の大衆文化─「伝統の再創造」はいかにおこなわれたか』(彩流社、2008年)など、共著に松本尚久編『落語を聴かなくても人生は生きられる』(ちくま文庫・2012年)など。論文に “Oscillating Between Fakery and Authenticity: Hirata Oriza’s Android Theatre” (Comparative Theatre Review, 11:1 [2012]) など。

西洋比較演劇研究会12月例会のお知らせ

連続シンポジウム「スタニスラフスキーは死んだか?」第一回・スタニフラフスキー・システムの歴史的検証

日時 2012年12月15日(土)14:00~18:00
会場 成城大学7号館3階732教室

司会・問題提起:井上優(明治大学准教授)
講師:浦雅春(東京大学大学院教授)
講師:堀江新二(大阪大学大学院教授)

俳優は内面で実際に感じる感情をもとに演技しなければならないという主張は、ドゥニ・ディドロ「俳優に関する逆説」(1758)をはじめとしてたびたび批判されてきたにもかかわらず、今でも多くの国の演劇・映画における演技術の土台として受け入れられている。一方、20世紀初頭のロシアにおいて誕生したスタニフラフスキー・システムは、俳優の「役作り」の方法論を体系化することで、演技=俳優の内面という言説の有効性を確証したと考えられているが、現在演劇研究の場だけでなく、演劇教育および実践の場においても顧みられることはあまりにも少ない。スタニフラフスキー・システムは本当に「死んだ」のだろうか? 2012年末から2013年にかけて、日本演劇学会分科会・西洋比較演劇研究会ではスタニフラフスキー・システムの可能性と限界について研究者や実践家が熱く語る連続シンポジウムを開催する。

第一回:スタニフラフスキー・システムの歴史的検証
第二回:日本におけるスタニフラフスキー・システムの展開とその可能性
第三回:スタニフラフスキー・システムの「超克」

記念すべき第一回はスタニフラフスキー『俳優の仕事』をロシア語版から完訳した共訳者である浦雅春・堀江新二両氏を迎えて、スタニフラフスキー・システム成立の歴史的経緯を考察する。

会員以外の参加を歓迎します。参加費等不要ですが、会場整理の都合上、参加ご希望のかたは前日までにメール(constantin[アットマーク]comparativetheatre.org)でご連絡ください。

1. 問題提起:井上優「さまざまなスタニスラフスキー」

スタニスラフスキーは単一ではない。スタニスラフスキー自身の中でシステムに関する考え方が変化しているからあるのは言うまでもなく、それを受容する国や地域の事情によっても、システムは(恣意的であるにせよ無意識であるにせよ)修正され改変されている。
結果として、スタニスラフスキーの継承者を自負する(あるいは周囲にそうみなされている)者たちによって、「さまざまなスタニスラフスキー」の乱立が引き起こされることになる。
たとえば、有名な話だが、コミサルジェフスキーは彼自身モスクワ芸術座に一度もいたことはないにもかかわらず、フランスやイギリスではスタニスラフスキーの継承者であるかのように扱われる。アメリカのメソッド・アクティングにおいても、指導者たちが互いを批判しつつ、それぞれがスタニスラフスキー・システムの継承者であることを主張している。
それは、もちろん、歴史的過去の出来事であるばかりではなく、現在形の現象ともいえる。それを批判しても益はないだろうが、少なくとも、その事実を認識したうえで、そうした複数形のスタニスラフスキーを、「それでもスタニスラフスキーである」のか「もはやスタニスラフスキーではない」のか、あるいは、その観点からの検証が可能なのか、不可能なのか、というような問いかけを行うことは意義があるだろう。その観点から、いくつかの事例を引用しつつ、シンポジウム全体への司会者からの問題提起としたい。

発表者紹介
明治大学准教授。専攻は演劇史・演劇理論全般。最近の論文に「今なぜ岩田豊男なのか—岩田豊男の演劇論を読む」(『演劇の課題』三恵社)、「一心太助は朝日を背に日本橋を渡る —『家光と彦左と一心太助』 (1961)の背景にあるもの」(『日本橋学研究』第五号)他。


2. 発表:浦雅春「スタニスラフスキーかメイエルホリドか」

 20世紀の演劇は2つパラダイムを軸に展開してきた。ひとつはスタニスラフスキーが作り上げた俳優術、いわゆるスタニスラフスキー・システム、もうひとつはメイエルホリドの編み出した身体操作術である。スタニスラフスキーが人間の心理・感情を掘り下げ、舞台上で「生きる」には役者にどのような手立てがあるのかを探求し、そこから「サイコテフニカ」という技術を生み出したとすれば、メイエルホリドは心理と感情を排除した身体に演劇の可能性を拓く「ビオメハニカ」を提唱した。
 もともと芸術座でスタニスラフスキーの弟子であったメイエルホリドが、芸術座の演技のあり方を自然主義、たんなる現実の忠実なコピーにすぎないと痛烈に批判し、それに対抗するものとしてコンヴェンションに基づく「制約劇」という概念を打ち出したことから、このふたつのパラダイムはとかく対立的にとらえられてきた。精神−身体、生−機械、真実−約束事という二分法のなかにあって、つねにスタニスラフスキーは前者に位置づけられ、メイエルホリドは後者に括られてきた。「真実らしさ」や「人間の精神」といった、いささかいかがわしい用語を駆使するスタニスラフスキーは旧弊で保守的に映り、心理や情緒とはすっぱり縁を切ったメイエルホリドの演劇は「革新的」だと思われてきた。たしかに論点を明確にするためには、このような単純な二分法も有効であるにはちがいないが、この図式からこぼれ落ちるものも多い。いまこそ問われるべきは、はたしてスタニスラフスキーはそれほど心理主義に傾いていたかという問いであろう。

発表者紹介
東京大学大学院教授。著書に『チェーホフ』(岩波新書、2004年)、訳書にチェーホフ『桜の園/プロポーズ/熊』(光文社古典新訳文庫、2012年)、ブローン『メイエルホリド 演劇の革命』(水声社、2008年、共訳)、スタニスラフスキー『俳優の仕事』全3巻(未来社、2008年、共訳)他。

3. 発表:堀江新二「等身大のスタニスラフスキー—USバイアス・USSRバイアスを超えて」

 スタニスラフスキーは、その演技術を俳優学校の授業として確立しているが、それは40年近い紆余曲折の実験の日誌である。その一部を肥大化して取り出すと、様々なバイアスがかかってしまうが、その実態をロシアとアメリカの俳優教育を例に考えてみたい。そのために、まずモスクワ芸術座でのチェーホフ演劇以降、1938年に亡くなるまで、演技論や俳優教育の考え方にどのような変化があったのか、いくつかの例を取り上げて、スタニスラフスキーの心身論の実態に迫ろうと思う。そして、実際の俳優教育の現場での経験(モスクワ・シューキン演劇大学とアメリカ・イエール大学などでの)を通して、いわゆるスタニスラフスキー・システムの受容のあり方を考える。その際、ロシアでもアメリカでも話題になったオイゲン・ヘリゲルの『禅と弓道』の意味を、ミハイル・チェーホフの演技術・演劇観の日本語への全訳を視野に入れて、触れてみたい。俳優教育自体が軽視されている日本で果たして、こういったことがどのような意味を持つのか、問いかけつつ…

発表者紹介
大阪大学大学院教授。新劇女優だった母の影響で、5歳から60年間俳優の演技を見てきた。ロシアで本物の俳優に出会えたことが、無上の喜びだが、日本に帰ると絶望感に。2006年、58歳でシューキン演劇大学俳優学科に「特別」入学。著書に『したたかなロシア演劇』(世界思想社、1999年)他。訳書にスタニスラフスキー『俳優の仕事』全3巻(未来社、2008年、共訳)他。

西洋比較演劇研究会10月例会のお知らせ

シンポジウム「18世紀ヨーロッパにおける演技の諸相」

日時:2012年10月13日(土)14:00〜18:00
会場:成城大学 7号館 731教室

司会 安田比呂志

発表

奥香織「18世紀フランス演劇とイタリア人劇団——演劇創造の源としての演技」

大崎さやの「リッコボーニ親子の演技論について〜イタリアにおける演技論の系譜」

菊地浩平「サミュエル・フットのふたつの演劇論」

新沼智之「一八世紀ドイツにおける演技理念の大転換 — アンサンブル演技の萌芽」

発表要旨およびプロフィール:

奥香織「18世紀フランス演劇とイタリア人劇団——演劇創造の源としての演技」

【発表要旨】
旧イタリア人劇団の国外追放(1697)以降、パリでは長らくフランス人劇団(コメディ=フランセーズ)が特権的地位を独占する状況が続いたが、1716年に新たな劇団が来仏すると両劇団が競合する状況となる。イタリア人劇団はパリに定住して活動する中で「フランス化」し、即興性や身体性は次第に影を潜めていくが、それでもなお役柄は類型化し、特にアルルカン役者トマサンと女優シルヴィアの「ナイーヴ」な演技によって観客を魅了した。また、彼らの演技はフランス人作家を惹きつけ、マリヴォーなど世紀前半を代表する作家の作劇法にも影響を与えた。当時の「フランス式」演技からすればイタリア人俳優の演技は異質であったが、俳優と役柄が一体化し、躍動感があるだけでなくまとまりのある舞台を作り出す彼らの演技は、作家の創作活動における想像力の源となっていたのである。7月の発表では、強調性、身体性、役柄との一体化という点からイタリア人劇団の演技を考察したが、本発表では、前回の発表と議論の内容をふまえ、特にトマサンとシルヴィアの演技に光を当て、フランス人俳優との比較も行いながら、イタリア人劇団の演技方法に関する考察を深める。また、彼らの演技が当時の劇作家に与えた影響を検討することで、18世紀フランス演劇における同劇団とその演技の重要性を明らかにする。

【プロフィール】
早稲田大学ほか非常勤講師、早稲田大学演劇博物館招聘研究員。専門はマリヴォーを中心とする18世紀フランス演劇、日仏演劇交流史。主要論文に« L’idée de “jeu” dans Le Petit-maître corrigé de Marivaux »(『日本フランス語フランス文学会関東支部論集』19号、2010年)など。

大崎さやの「リッコボーニ親子の演技論について〜イタリアにおける演技論の系譜」

【発表要旨】
18世紀に活躍したルイージ・リッコボーニ(Luigi Riccoboni)はコンメディア・デッラルテの俳優であり、劇団の座長であり、さらに演劇理論家でもあった。彼の演技論『演技術について(Dell’arte rappresentativa, 1728)』および『朗誦術に関する論考(Pensées sur la déclamation, 1738)』と、彼の息子でやはりコンメディア・デッラルテの俳優だったフランチェスコ・リッコボーニ(Francesco Riccoboni)の『演技術(L’Art du théâtre, 1750)』を、レオーネ・デ・ソンミ(Leone de’ Sommi)やピエトロ・マリア・チェッキーニ(Pietro Maria Cecchini)を始めとする、ルイージやフランチェスコ同様の演技の実践者によって書かれた、過去のイタリアにおける演技論と比較しながら、その革新性を検証する。同時に、当時のヨーロッパにおける演技論の潮流と比較しながら、西洋演劇史における二人の演技論の持つ意義を再検討したい。

【プロフィール】
東京大学大学院にて博士(文学)。専門は18世紀イタリア演劇。著書『イタリアのオペラと歌曲を知る12章』(共著、2009年、東京堂出版)他。現在東京大学他にて非常勤講師。

菊地浩平「サミュエル・フットのふたつの演劇論」

【発表要旨】
サミュエル・フットは、1747年に『情念に関する論文』と『イギリス及びローマ喜劇の考察と比較』という2本の演劇論を発表し、のちに名を成すこととなる喜劇作家としてよりも先に演劇理論家としてのデビューを果たしている。ただ『情念に関する論文』は、18世紀英国演劇に彩りを添えていたデイヴィッド・ギャリックをはじめとする名優たちの演技を巡って、当時流行の「観相学」を踏まえつつ同時代的に批評した貴重な資料であるが、フットの演劇論に焦点を当てた研究はこれまでほとんどなされてこなかったためにあまり顧みられてこなかった。また、フットは『イギリス及びローマ喜劇の考察と比較』において、まだ劇作家デビュー前にもかかわらず「古典は称賛されるために読まれるが、現代作家は非難されるために存在する」と述べているが、その「現代作家」としての活動と演劇論が結びつけられて論じられることも極めて少ない現状にある。そこで本発表ではこのふたつの演劇論の分析を通じ、18世紀英国においてシェイクスピアに次ぐ2番目に多く上演されたフットの喜劇作品との関連を探りたい。特にフットの『情念に関する論文』における当時の観相学をベースにした「演技」を巡る考察と、『イギリス及びローマ喜劇の考察と比較』で照射した「演劇の現代」についての認識を彼の作品世界と結び付けることで、18世紀英国演劇の一端に新たに光を当てる機会としたい。

【プロフィール】
早稲田大学演劇博物館招聘研究員/早稲田大学エクステンションセンター講師。研究テーマはサミュエル・フット及びゴードン・クレイグの人形劇における人間/人形の身体表象分析。主な論文は「「演技」する厚紙人形たち—サミュエル・フットの人形劇『トラジェディ・ア・ラ・モード』研究」、『演劇学論集』54号(日本演劇学会 2012春)など。

新沼智之「一八世紀ドイツにおける演技理念の大転換 — アンサンブル演技の萌芽」

【発表要旨】
18世紀半ばから後半にかけてのドイツで、俳優コンラート・エクホーフ(1720−78)は「演技」に二つの大きな大転換をもたらした。一つは、語りに重点を置いたフランス古典主義的演技から身振り・表情を重視したいわゆる自然な演技への、演技におけるアプローチの大転換である。そしていま一つは、即興的演技を克服し、文学的戯曲に基づくアンサンブル演技の確立を目指す、演技理念の大転換である。一般的な演劇史ではアンサンブル演技が確立するのは19世紀後半とされるが、その萌芽は既に遥か18世紀のエクホーフの仕事に見て取れる。彼の目指したそれは決して彼固有の取り組みで終わらず、彼の弟子や共感者たちによって引き継がれ、試行錯誤されながらもドイツ演劇の近代化のプロセスを貫く一本の線を形成しているように思われる。本発表では、エクホーフがその演技理想を実現するために、俳優をいかに統制したか、そしてまたそれがどのように継承されたかを確認して、彼の仕事をドイツにおける近代演劇確立への一つの出発点と位置づけたい。

【プロフィール】
武蔵野美術大学、明治大学、千葉商科大学で非常勤講師。研究テーマは演劇の近代化のプロセス。論文に「ドイツ演劇の近代化の出発点 — コンラート・エクホーフの試行錯誤」『演劇の課題』(三恵社、2011)ほか。

安田比呂志

【プロフィール】
日本橋学館大学教授。専門はイギリス演劇。共著に『シェイクスピアへの架け橋』(東京大学出版会、1998)、翻訳にトマス・オトウェイ作『スカパンの悪だくみ』(『西洋比較演劇研究』第11巻、2012)などがある。

18世紀ヨーロッパにおける演技の展開:プレ・シンポジウム

本シンポジウムは、10月13日(土)に西洋比較演劇研究会で開催されるシンポジウム「18世紀ヨーロッパにおける演技の諸相」に先立ち、18世紀のフランス、イタリア、ドイツ、イギリスの各国における演技の様相を確認することを目的としています。

「18世紀ヨーロッパにおける演技の展開」
日時:2012年7月7日(土)13時~17時
場所:明治大学駿河台キャンパス1155教室(リバティタワー15階)
講師:奥香織  「18世紀パリのイタリア人劇団とその演技――「自然さ」をめぐって」
講師:大崎さやの「リッコボーニ親子の演技論について」
司会・講師:安田比呂志「情念の演技――アーロン・ヒルの造形的想像力」
講師:菊地浩平 「サミュエル・フット×ディヴィッド・ギャリック――演劇検閲法と18世紀英国の演技をめぐって」
講師:新沼智之 「18世紀ドイツにおける演技の展開――エクホーフを中心に」
(本シンポジウムは、明治大学大学院文学研究科・演劇学演習ⅠAとの共催で開催されます。通常の例会とは異なり、入り口に立て看板などの案内は出ていませんので、直接教室にお越しください。)

発表要旨およびプロフィール:

奥香織「18世紀パリのイタリア人劇団とその演技――「自然さ」をめぐって」
【発表要旨】18世紀フランス演劇における最初の転機は、ルイ14世の死後、1716年に新イタリア人劇団が来仏し、パリに居を構えたことである。この出来事は、旧イタリア人劇団の追放以来およそ20年間続いたフランス人劇団の特権的地位を揺るがし、硬直状態にあったパリの演劇状況に変化をもたらしたからである。イタリア人劇団は、王の常設劇団として認められていたものの、フランス人劇団よりも劣ったものとみなされていたが、彼らの演技にはフランス人俳優にはない「自然さ」があり、その点が観客を魅了して人気を博したと言われる。しかしながら、コンメディア・デッラルテの伝統を継承するイタリア人劇団の舞台は約束事に満ちており、リアリズムからはほど遠い。では、彼らの「自然な演技」とはどのようなものであったのだろうか。本発表では、18世紀パリの演劇状況を概観した後、特に世紀前半に活躍したイタリア人劇団に光を当て、彼らの演技を、同劇団の伝統的な演技方法との関連から、また、同時代に書かれた理論書や批評を通して考察し、イタリア人俳優の演技に対して使われる「自然さ」の意味を検討したい。
【プロフィール】早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学。ベルギー、ルーヴァン・カトリック大学DEA修了(舞台芸術学)。2006-2009年、フランス政府給費留学生としてパリ第四大学留学(フランス文学・文化)。現在、早稲田大学ほか非常勤講師、早稲田大学演劇博物館招聘研究員。専門はマリヴォーを中心とする18世紀フランス演劇、日仏演劇交流史。主要論文に« L’idée de ‘‘jeu’’ dans Le Petit-maître corrigé de Marivaux »(『日本フランス語フランス文学会関東支部論集』19号、2010年)など。

大崎さやの「リッコボーニ親子の演技論について」
【発表要旨】18世紀、コンメディア・デッラルテとオペラに席巻されていたイタリアの演劇界を、カルロ・ゴルドーニが自らの喜劇で「改革」したことはよく知られている。だが、このゴルドーニに先駆けて、イタリア演劇を改革しようとした人物にルイージ・リッコボーニがいる。彼自身コンメディア・デッラルテの俳優であり、劇団の座長であり、さらに演劇理論家でもあった。本発表では、このルイージ・リッコボーニの『演技術について』(1728)および『朗誦術に関する論考』(1738)と、彼の息子でやはりコンメディア・デッラルテの俳優だったフランチェスコ・リッコボーニの『演技術』(1750)をとりあげ、当時のヨーロッパにおける演技論の潮流と比較しながら、西洋演劇史における二人の演技論の持つ意義を再検討したい。
【プロフィール】東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学、博士(文学)。専門は18世紀イタリア演劇。著書『イタリアのオペラと歌曲を知る12章』(共著、2009年、東京堂出版)他。訳書『アルフィエーリ 自伝』(共訳、2001年、人文書院)、P.P.パゾリーニ「豚小屋」(共訳、『舞台芸術』16号所収)。論文「ゴルドーニの喜劇『イギリスの哲学者』をめぐって」(イタリア学会誌第57号)他。現在東京大学他にて非常勤講師、東洋大学人間科学総合研究所客員研究員、早稲田大学オペラ/音楽劇研究所招聘研究員、NHKラジオ「まいにちイタリア語」入門編講師。

安田比呂志「情念の演技――アーロン・ヒルの造形的想像力」
【発表要旨】レッシングは『ハンブルグ演劇論』(1767-69)の中で、アーロン・ヒルによるヴォルテールの『ザイール』の翻訳上演(1736)に言及し、その時代のロンドンの俳優たちの「粗暴で誇張がある」演技を「不自然」として批判する一方で、ヒロインのザラ役を演じたスザンナ・シバーを称賛している。彼女の演技は確かに素晴らしく、ロンドンの観客たちは、それが「信じられないほど自然」であったために、ザラの感情が「彼女自身の苦しむ心から自発的に流れ出ている」と感じていた。ところが、シバー夫人のこの「自然な」演技は、実はヒルによる訓練の賜物であり、彼の所謂「造形的想像力」から生まれる詳細な分析と総合的な技術に基づく発話や身振りの反復的練習によって初めて可能になるものであった。本論は、ヒルの『プロンプター』(1734-36)や『演技術に関するエッセイ』(1746)などを取り上げ、彼の演技論の特徴を明らかにすることにより、観客に「自然」と思わせたシバー夫人の演技の特徴の一端を浮き彫りにする。また、ヒルの演技論に表される「情念の演技」を起点として、18世紀全般を通してイギリスで見られた演技術の展開の様相を明らかにする。
【プロフィール】日本橋学館大学准教授。専門はシェイクスピアを中心とするイギリス演劇。共著に『シェイクスピアへの架け橋』(東京大学出版会、1998)、『新訂ベスト・プレイズ』(論創社、2011)、論文に「1763年5月12日の『リア王』――18世紀ロンドンにける観劇体験に関する一考察」(『西洋比較演劇研究』第10号、2011)、翻訳に「トマス・オトウェイ作『スカパンの悪だくみ』」(『西洋比較演劇研究』第11巻、2012)などがある。

菊地浩平「サミュエル・フット×ディヴィッド・ギャリック――演劇検閲法と18世紀英国の演技をめぐって」
【発表要旨】18世紀英国の演劇状況を考える上で、1737年に施行された演劇検閲法(Licensing Act)の存在を無視することはできない。この法律により新作の上演が困難になったことで、シェイクスピア作品の上演数が増加し、非公式に新作を発表する際には音楽会を開催すると銘打ってその幕間に上演するといった「工夫」を余儀なくされた。またこの法律の影響は劇場「外」にも及び、主に広場などで開催される縁日や見世物、人形劇が史上空前の流行をみせ、劇場内外の両方で仕事をする俳優が少なくなかったことも、当時の演劇を巡る文化状況を考察する上で極めて重要な点であると思われる。そこで本発表ではこの演劇検閲法をキーワードに据えつつ、政府公認の劇場で作品を上演し当代随一のシェイクスピア俳優として名をはせたディヴィット・ギャリックと、政府非公認の劇場を主戦場としながら、当時シェイクスピア作品に次いで上演回数が多かった喜劇作家/俳優サミュエル・フットの演劇に着目する。特に、上述の劇場内外の文化状況と照らし合わせながら両者の演劇に採用された演技の有り様を比較検証することで、18世紀英国演劇に演劇検閲法がもたらしたものが何であったかを改めて考察したい。
【プロフィール】早稲田大学演劇博物館招聘研究員/早稲田大学エクステンションセンター講師。研究テーマはサミュエル・フット及びゴードン・クレイグの人形劇における人間/人形の身体表象分析。主な論文は「「演技」する厚紙人形たち―サミュエル・フットの人形劇『トラジェディ・ア・ラ・モード』研究」、『演劇学論集』54号(日本演劇学会 2012春)など。

新沼智之「18世紀ドイツにおける演技の展開――エクホーフを中心に」
【発表要旨】ドイツにおいて芸術としての演劇の歴史が動き始めるのは18世紀であると言えよう。それまでドイツには、誇張の激しいどたばた政治劇や、ハンスヴルストというキャラクターを即興的演技で演じる道化芝居が観客を楽しませていたが、そこに、女優で座長のノイバー夫人と哲学者で文学者のゴットシェートが現れたのである。二人は当時のそうした演劇状況を荒廃と見なし、演劇先進国のフランスを自分たちの模範として、即興的な道化芝居をドイツの舞台から追放し、戯曲に基づく上演を確立しようと尽力した。即興的演技の克服はその弟子たちに受け継がれていき、それと表裏一体の関係にあったアンサンブル演技の確立へとつながっていくこととなる。一般的な演劇史ではアンサンブル演技が確立したのは19世紀後半とされるが、本発表で取り上げるノイバー夫人の孫弟子コンラート・エクホーフ(1720-78)の仕事を見てみると、その萌芽は既に遥か18世紀のドイツに現れていたと言える。本発表では、エクホーフの仕事に注目し、18世紀のドイツにおける演劇状況のダイナミックな変化を概観しつつ、とりわけ彼の晩年の仕事から、即興的演技の克服と表裏一体の関係にあったアンサンブル演技の萌芽について考えていきたい。
【プロフィール】武蔵野美術大学、明治大学、千葉商科大学で非常勤講師。研究テーマはヨーロッパにおける演劇の近代化のプロセスで、現在はとりわけ18世紀後半から19世紀にかけてのドイツ演劇を研究している。主な論文は「ヨーハン・ヤーコプ・エンゲルの『演劇身振りのための理念』」『演劇学論集』48号(日本演劇学会、2009年春)、「ドイツ演劇の近代化の出発点 ― コンラート・エクホーフの試行錯誤」『佐藤正紀教授退職記念論集 演劇の課題』(三恵社、2011)など。

西洋比較演劇研究会2012年度 5月例会のご案内

今年は論文合評会は一休み、気鋭の発表二つがなされます。いずれも有名な「素材」であり、参加者もできれば準備の上、噛み合った質疑応答が活発になされることが期待されます

日時 2012年5月26日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学7号館 733教室(予定)

研究発表
1 村井華代
  『水死』における大江健三郎の演劇装置
要旨
 大江健三郎の小説は、しばしば歴史、あるいは個人史の再現のために演劇を「装置」として利用してきた。それは例えば、演劇として再現された過去の出来事を見た主人公が卒倒する(『万延元年のフットボール』他)、或いは村芝居が国家に抵抗する唯一の方策として上演される(『いかに木を殺すか』他)など、様々な形でおこなわれていたが、2009年の『水死』ではさらに積極的な方法が採用されている。主筋は大江本人を思わせる作家「長江古義人」の父の死の経緯を探るというものだが、全体の大半はそこに関係づけられる二つの演劇活動――長江の父の死にまつわる物語を、長江の作品と個人史から一つの劇としてまとめあげようとする劇団の企画と、村の歴史劇を現代的に再構築/解体して上演しようとする一女優の挑戦――に向けたテクスト作りと上演方法の描写に占められている。が、結局どちらの企画も上演には至らず頓挫する。これを演劇学の立場から取り上げる理由は、『水死』が、演劇をモデルとして世界構築をおこなうテアトルム・ムンディの現代日本における一つの展開であること、そこで大江が再構築した演劇モデルは、国家的記憶と個人的記憶、その双方との関連において確定されることなく揺らぎ続けるという、演劇に対する端倪すべからざる批評に基づくこと、そして、演劇と、近年盛んな記憶研究がいかに関係づけられるかという見地から重要な問題を提起しているということにある。記憶そのものの劇場的性質が、記憶の物語化・舞台化という演劇実践を通じて表出するという過程の描出は、現実におこなわれる記憶/歴史の演劇化と大いに関係するであろう。大江は作中、「演劇化」というタームを、状況に対する視点を複数化し、対話を導く場を展開する手続きという意味で使用している。このことは、統一された物語をなさない個人の記憶や国家の歴史が、舞台化を機に肉体化/可視化され、確定されてゆくプロセスとどう関係づけられるだろうか。20世紀のトラウマと向き合い続ける日本の作家が仕掛けた「装置」から、演劇と記憶/歴史の関係を考えたい。

発表者プロフィール:愛媛県出身。明治大学文学研究科演劇学博士後期課程満期退学。早稲田大学演劇博物館21世紀COE演劇研究センター助手(西洋演劇)を経て、現在共立女子大学文芸学部准教授(劇芸術コース)。時代・国別を特化せず西洋演劇理論全般を扱う。最近の関心領域は反演劇主義思想とユダヤ‐キリスト教思想の関係等。

2 間瀬幸江
 翻案戯曲『ジークフリート』と1928年――挑戦と逆行と
要旨
 1928年は、ベケットがジョイスに出会い、ブルトンが『ナジャ』を発表、ベルリンでは『三文オペラ』が初演された。そして、ジャン・ジロドゥが『ジークフリート』の華々しい成功とともに劇界にデビューした年でもある。これは1922年に発表した長編小説『ジークフリートとリムーザン人』を作家自ら翻案したものである。
 演劇が夢のジャンルだった19世紀後半を経て20世紀に入ると、小説は独自の地位を確立する。プルーストのように、演劇に親しみつつも、戯曲というジャンルに求められる語りの形式の束縛を好まず自らは劇作への転進を試みない小説家も増えた。劇界では「カルテル」の4人の演出家たちが新たな書き手を積極的に探し求めていた一方、依然商業演劇が人気を博していた。ジロドゥは、劇界の求めにこたえて、あえて戯曲というジャンルの束縛を選びとった小説家であるといえる。
 小説の語りは、演劇の語りにどのように移し得るか、あるいは移し得ないかについては、拙著ですでに考察を試みているが、今回の発表では、この小説の翻案の問題を、1928年の演劇史の文脈において捉えなおしてみたい。1928年に、戯曲というジャンルの束縛をあえて選びとるということは、いったいどういうことなのか。翻案にあたり、作家がすでに持っていた何が犠牲にされ、いまだ持っていなかった何がどこから持ち込まれ接木されたのか。ジロドゥによる翻案の実例の分析と、時代背景や当時の劇界等の人的交流のありようを連関させ、それを切り口として、1928年のフランスを立ち上がらせたい。

発表者プロフィール:2010年より早稲田大学文學学術院助教。研究分野はフランス近現代演劇ならびにフランス語教授法。両大戦間期のフランス出版界ならびに劇界における「絵描き」の仕事をめぐる人的交流を調査・研究中。著書に、『小説から演劇へ ジャン・ジロドゥ 話法の変遷』(早稲田大学出版部、2010年)、「寺山修司におけるジャン・ジロドゥからの影響――ラジオドラマ『大礼服』論」『演劇学論集』54号(日本演劇学会、2012年春)などがある。

西洋比較演劇研究会2012年度総会 4月例会のご案内

以下の要領で開催します。一年の総括であり、さまざまな新機軸が提案されます。大勢の会員のお運びをお待ちしています。

日時 2012年4月14日(土) 14:00~18:30
場所 成城大学7号館 733教室(予定)

総会 14:00~14:45

例会 研究発表 14:50~18:30
1 竹田恵子
ダムタイプによるパフォーマンス《S/N》(1994年初演)における主体に関する考察
要旨
 本報告にて上演分析の対象とするのは、芸術家集団ダムタイプにより創作されたパフォーマンス《S/N》(初演1994年)である。本報告において企図していることは、新しい主体の在り方を提示することである。《S/N》は、古橋悌二が自分のHIV感染を「手紙」にて複数の友人に知らせた後、創作が本格化した作品である。《S/N》冒頭にてパフォーマーたちは「deaf」「homosexual」などと、自分たちの属性を示したラベルを服の上に貼り付けており、自分たちは俳優ではなく、ラベルの通りの人間だと述べる。舞台上の出来事であることから日常的な場面と同一視できないが、それらのラベルは事実を示してもいる。
主体に関しては、ルイ・アルチュセールやミシェル・フーコーによる、自己決定する能動性を付与されると同時に、自身を従属化する受動性をもつという主体化=従属化
(assujettissement)の議論が存在した(Althusser 1970=1993;Foucault 1975=19
77, 1976=1986)。その後、ジュディス・バトラーによる主体は行為の反復の結果としてつくられるという、主体の可変性や構築性を強調したパフォーマティヴィティの議論(Butler 1990=1999, 1993)があった。しかしバトラーの理論が現実におかれたとき、どのような様態となるのか、十分明らかになっているとはいえない。社会学分野においても、パフォーマティヴィティ概念を用いた分析は行われているが、それらは主として会話や法文分析の言語(特に「集合的カテゴリ」)に焦点を当てている。したがって、身体的行為にまで目が行き届き、集合的カテゴリで説明できるものと説明できないものの関係性を見ることができる上演分析によって、社会学的分析でのみではできないものを提示できると考える。
本報告においてはパフォーマティヴィティとパフォーマンスの違いについても考慮しながら、《S/N》における、主体化しながらも、可能な限り従属化を排した可変的な主体のありようを具体的な行為から提示する。

発表者プロフィール:お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 博士後期課程(表象芸術論講座)所属。2007~2011早稲田大学演劇博物館グローバルCOE研究生。既発表論文に「ダムタイプによるパフォーマンス作品《S/N》(1994)におけるアイデンティティの提示に関する考察」『演劇博物館グローバルCOE紀要演劇映像学2009第1集』2010年、「「1990年代日本におけるHIV/エイズをめぐる対抗クレイムのレトリック分析―古橋悌二の言説を中心に―」『年報社会学論集第24号』2011年など。

2 高橋慎也
「変容する具象絵画」としての岡田利規の舞台空間
要旨
 今回の発表では、劇作家・演出家の岡田利規の舞台空間を「変容する具象絵画」として捉え、その特徴をフィッシャー・リヒテの「パフォーマンスの美学」とレーマンの「ポストドラマ演劇」の理論を用いて示してみたい。岡田は自分の演劇を語る際に具象絵画との共通性によく言及している。それを踏まえて岡田が構築する舞台空間を分析すると、セリフ回し、身体表現、舞台装置、舞台音楽といった、舞台の構成要素がそれぞれに物質として現前するように演出されている点が明らかになる。またそれらの構成要素は同時に演劇記号としても表現されるので、観客は舞台構成要素の物質としての現前性と、記号としての再現性の間で緊張感を保ちながら舞台を認知し認識することができる。また岡田の舞台空間は視覚的にも聴覚的にも、様々な引用からな
る多層的かつ多声的空間である。この特徴はフィッシャー・リヒテが提示する「テクストのパフォーマンス性」という観点から分析することができる。また岡田の舞台には間(ま)ないしは中断が効果的に取り入れられ、舞台空間のシンボル的機能を高めている。つまり岡田の舞台には、抒情的で感動的でもある瞬間が散りばめられている。これはレーマンが指摘する現在の「ポストドラマ演劇」の特徴に対応している。さらに「ロスジェネ世代」の代表的劇作家・演出家と見なされている岡田の舞台空間は、社会の縮図としての機能と、社会から相対的に自立した美的空間としての機能という二律背反的な機能を併せ持ち、舞台空間の緊張度が高い点がその魅力となっている。これは現代ドイツの代表的な劇作家と演出家にも共通している。ドイツ語圏で岡田が現代日本演劇の代表的劇作家・演出家として評価されるのは現代ドイツ演劇、特にポストドラマ演劇の代表的舞台との共通性に負っているとみることができる。

発表者プロフィール:中央大学文学部ドイツ語文学文化専攻教授。ドイツ演劇と文学の両方を研究分野とする。近年は主に現代ドイツ演劇の戯曲、上演、理論の研究、特にレネ・ポレシュ、クリストフ・マルターラーのポストドラマ演劇研究、アンドレース・ファイエル、リミニ・プロトコルのドキュメンタリー演劇研究、「パフォーマンスの美学」研究を行う。