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西洋比較演劇研究会 1 月例会のお知らせ

西洋比較演劇研究会1月例会のご案内
新年あけましておめでとうございます。今年最初の例会のご案内です。
昨11月、われわれの学会の秋の研究集会で、演劇とメディアの関係が幅広く論じられま
した。分科会でもそれを受け、さらに広く、深く考える二つの発表を準備することがで
きました。どうぞ多数のご参加を期待しています。
なお、終了後、簡単な新年会を予定しておりますので、こちらもぜひご参加ください。
日時 2009年1月24日 14:00〜18:00
場所 成城大学 教室は当日正門の掲示をご確認ください
1 映画史114年――映画と演劇の歴史と未来を考える
 狩野 良規
 毛利三彌先生の成城大学における最終講義(2008.3.8)に触発されて、発表する気に
なりました。毛利先生の講義は、演劇以外のジャンル・メディアをかなり意識したもの
で、映画研究は演劇研究を越えたとも発言されました。また、テレビ、DVD、インター
ネットなどの「ニューメディア」に、既存の芸術、芸能、オールドメディア(なんて用
語があるでしょうか?)がすっかり席巻されていると――本音はともかく――嘆いてい
ました?!
 そこで文学からスタートし、演劇をかじり、最近は映画についてあれこれ書いたりし
ゃべったりしている狩野としては、自分の知っている映画114年の歴史を1時間30分以内
でお話し、それに対して演劇研究者の皆様から意見なり反論なりを頂戴したいと思い立
ちました。
映画史はすぐれて技術革新との格闘の歴史です。サイレントの時代から1920年代末にト
ーキーに移行して、映像は音を得ます。さらに30年代にはスクリーンに色がつき始め、
戦後はカメラの軽量化によって60年代からロケーション撮影が当たり前になります。そ
の後はビデオ撮影の映画が出現し、コンピュータ・グラフィックスが登場し、ドルビー
など音響効果が飛躍的に改良され、ついにデジタルの時代に突入して、映画(film)は
フィルムを必要としなくなりました。
 将来は、二次元から三次元の世界になるともいわれている映画。映画はつまり、きわ
めて動的(dynamic)なメディアであって、静的(static)に定義できるものではあり
ません。一度定義したとたんに技術が、それに伴う表現形式が、ラディカルに変化する
、まさに生きているメディアと認識すべきなのです。今回は、演劇がライバルと意識せ
ざるを得ない映画の歴史を技術革新との関連で語ることによって、演劇と映画の何が共
通項で、何が異なり、さらには両者の未来はどうなる(べきな)のかを検討したいと考
えています。
発表者プロフィール
1956年、東京生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業、同大学院外国語学研
究科ゲルマン系言語専攻修士課程修了。東京都立大学人文学部(史学専攻)卒業。現在
、青山学院大学国際政治経済学部教授。専門分野はイギリス文学・演劇・映画。主な著
書に、『映画になったシェイクスピア』(三修社、1996年)、『スクリーンの中に英国
が見える』(国書刊行会、2005年)などがある。
2 木下 耕介「ステージとスクリーン 認知論的転回以降の映画/演劇理論を比較
する」
要旨
 20世紀最後の四半世紀に、英米の演劇理論研究と、そのいわば近接領域である映画理
論研究とはともに、いわゆる認知論的転回(cognitive turn)を経験した。認知論的転
回とは、当時発展目覚しい認知科学および認知心理学の知見を援用しようとした同時期
の人文科学全般の動向を指す術語であるが、演劇理論研究および映画理論研究において
は、この転回は特別の意味を担っていたようである。というのは、ともに俳優の身体や
背景・装置が生み出す視聴覚的・時空間的効果を表現手段として持つ演劇と映画とは、
もとより認知論以前の(例えば記号論のような)言語中心的な理論によっては捌き切れ
ない要素を含んでおり、そのような要素が上演・上映に際して観客に対して持ちうる効
果の説明記述に、認知科学の術語がより有効であろうと期待されたのである。
 ところが管見では、「認知論的」な映画理論と演劇理論とは、ともに認知科学を援用
しながらも、それぞれにその対象の表現能力の差異を強調しようとしたために、個別の
展開を遂げたようである。例えば前者においては、俳優の演技について語る場合にも、
映画ならではのクローズ・アップの技法に焦点をあて、その中に捉えられる俳優の表情
が持ちうる効果を、認知心理学者ポール・エクマンの表情の理論などに依拠しつつ仮定
するような論文が現れる。一方で後者においては、演劇の舞台空間の持つ特有の効果を
論じる論考において、認知言語学者ジョージ・レイコフのイメージ・スキーマが援用さ
れる。
 それではこれらの認知論的映画/演劇理論は調停・総合することのできないものなの
だろうか。本発表ではこのような観点から両者の比較を試みる。その際、(1)認知論
的映画理論の概観(2)映画誕生以降の演技法の変遷(3)演劇・映画双方の下位区分
への注意(ひとくちに「演劇」「映画」という語のもとに本質論的議論を行うことの妥
当性の再検討)等についても言及することを考えている。
プロフィール
木下耕介(きのしたこうすけ)群馬県立女子大学文学部英文学科講師。映画の物語叙述
過程における観客による登場人物の理解と構築、およびそれらの登場人物に対する観客
の感情的連帯の諸相、ならびにこれらの諸活動に俳優の演技の質が寄与する様態、を中
心に研究を進めている。主要論文に「コード・スキーマ・登場人物 ――フィクション
映画の物語叙述における俳優の演技の問題についての試論――」”Focalization and P
oint of View in the Cinema”など。
西洋比較演劇研究会
157-8511東京都世田谷区成城6-1-20
成城大学文芸学部 一之瀬研究室 Fax:03-3482-7740
郵便振替口座番号:00150−2−96887
*過去ログを以下に掲載しております。ご参照ください。
http://comptheat.sakura.ne.jp/