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西洋比較演劇研究会1月例会のお知らせ

発表のうち一つを担当なさるはずだったフランセス・コーザ氏が感染性の高い病気に罹ったため、やむなく中止いたします。かわりに、山下純照氏に発表していただきます。

期日 2013年1月26日(土)14:00〜18:00
会場 成城大学7号館2F 723教室
「ハインリッヒ・フォン・クライストの喜劇『壊れ甕』の隠されたモデル—「ルンポルトとマレート」を主人公とする謝肉祭劇との関連性—」山下純照(研究発表)

『壊れ甕』(1806年完成、1811年初版)の創作については、作者自身が“zusammengesetzt“「取り合わせて作った」という形容をしている。クライスト研究者ゼンプトナーは、そのことに触れつつ、作者が『壊れ甕』を「取り合わせて作った」際の源泉という意味で、同作とラーベナーの『諷刺的書簡集』との関連性を初めて指摘した(このことは近藤公一によって我が国でも紹介されている)。
 本発表は、『壊れ甕』のそのような源泉の一つとして、15世紀末から16世紀初頭に書かれたと推定されている“Rumpolt und Mareth“「ルンポルトとマレート」を主人公とする謝肉祭劇(以下RMSと略す)をも加えるべきである、という主張を掲げ、これを論証することを目的とする。
 『壊れ甕』とRMSとの関連性については1923年に書かれたカール・ホルの『ドイツ喜劇史』の中で既に言及されている。しかし、ホルの本は長い期間にわたるドイツ喜劇史の概観であるため、個々の作品についての詳しい分析は行なっていないし、『壊れ甕』とRMSとの間テクスト性についての分析もなく、従って間テクスト性は、ホルの本では直感的な理解にとどまっている。しかもその後のクライスト研究史において、このホルの見解は、管見の限り、忘れられてきた。
 発表の段取りは以下の通りである。まず、研究の中で『壊れ甕』の源泉として既に認定されてきた諸要素の整理を行う。これらの源泉群は、2つに分かれる。一種の裁判劇であり、その上で喜劇であり、さらに裁判官アーダムの転落だけをテーマとして持つのではなく、若い男女の婚約とそれに関するトラブルと解決をも重要なテーマとして持っている『壊れ甕』にとって、モデル性が強いと言える源泉(『旧約聖書』、ソフォクレスの『オイディプス王』、ドビュクールの油彩原作によるル・ヴォーの版画『壊れ甕』)と、モデル性が限定的または存在しない源泉(『新約聖書』、ラーベナーの『諷刺的書簡集』、ことわざ「甕も壊れるまでの水場通い」、近世オランダ史の知識、裁判ないし裁判史についての知識)である。
 次いで、RMSが、人物構成、主要な2人の登場人物の名称と性格、そして主題という3つの点で『壊れ甕』と強い類似性をもっていることを示す。劇の構造の点ではRMSは恐らく『壊れ甕』のモデルになっていない(その点ではむしろ『オイディプス王』が手本となっている)。ただ、個々の台詞のレヴェルでも、『壊れ甕』とRMSは目立った類似性をいくつも示している。
クライストはRMSをモデルとして彼の喜劇を創作するに当たって、いくつかの「ひねり」と「反転」を加え、この謝肉祭を、いわば隠し絵のごとき下敷きとして利用したと思われるのである。 

<プロフィール> やました・よしてる 成城大学文芸学部教授。専門はドイツ近・現代演劇、演劇理論。研究テーマは「演劇と記憶」。論文に「ジョージ・タボリ『記念日』の創作過程にみるユダヤ的アイデンティティーの構築 ― 最終場の決定と解釈をめぐって ― 」(『演劇学論集 日本演劇学会紀要45』2007年)、「野田秀樹の『ザ・ダイバー』における「演劇の修辞学」 ― 能『海士』との関係生 ― 」(大阪大学演劇学研究室編『演劇学論叢』11、2010年)。

「大正期新舞踊運動における一考察」岡本光代(研究発表)

大正時代の日本演劇を彩る一つの活動に新舞踊運動がある。明治37年坪内逍遙の『新楽劇論』および『新曲浦島』に端を発するこの運動は舞踊家のみならず歌舞伎俳優にも広まった。そのきっかけとなったのは二代目市川猿之助(のちの初代市川猿翁)の活動である。大正8年、半年にわたる洋行を終えて発表した『すみだ川』を皮切りに、猿之助は自身の研究団体春秋座において『蟲』などの多くの舞踊作品を発表した。そしてこのような活動に影響された多くの歌舞伎俳優がさまざまな作品を作ったことで大きな流行を見せたのである。しかし、現在ではこの時期の新舞踊運動について、またその運動がもたらしたものに触れられることはあまりないといってよいのではないだろうか。
本報告においては、二代目市川猿之助を中心とした歌舞伎俳優による新舞踊運動を、具体的にどういう上演であったのか、舞踊の内容だけではなく舞台装置や照明といった点からも検討する。そして大正期の新舞踊運動の活動、その意義、現在までの影響について考察することを目的としている。

<プロフィール>:明治大学大学院文学研究科演劇学専攻所属。研究テーマは日本演劇の近代化であり、主に大正時代の日本演劇を研究の対象としている。既発表論文に「屋根と夕日、そして狂人―十三代目守田勘弥による『屋上の狂人』上演試論」(『文学研究論集第36号』、2011)などがある。