月別アーカイブ: 2014年7月

西洋比較演劇研究会7月例会のお知らせ

本会ならではのシンポジウムを開催します。ご来場をお待ちしています。

シンポジウム:「18世紀ヨーロッパにおけるアルレッキーノの変容」

日時:2014年7月19日(土)14:00〜18:00
会場:成城大学3号館3F大会議室
司会:安田比呂志

発表:
奥香織「18世紀パリの縁日芝居におけるアルルカンの表象——ルサージュの作品を中心に」
安田比呂志「18世紀イギリスにおけるハーレクィンの変容——2作のパントマイム『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』を中心として」
小林英起子「18世紀ドイツ・ザクセン類型喜劇におけるハルレキーン——クヴィストルプの喜劇における下僕の変容を例として」

趣旨:
ヨーロッパ演劇史の視点からみた場合、18世紀はコンメディア・デッラルテの歴史の中でも非常に興味深い世紀であると言える。18世紀は、コンメディア・デッラルテが上演台本通りの上演を行うことで即興性という本質的な性質を失い、オペラ・コミックとの合併(1762年)によって結果的に演劇史の表舞台から姿を消す世紀である一方で、巡業を通してヨーロッパの各国に根づいていたコンメディア・デッラルテの演劇的特徴が、それぞれの国において独自の展開をみせていた世紀でもあったからである。
ところが、この18世紀のヨーロッパにおけるコンメディア・デッラルテの独自な展開は、たとえばハーレクィン(アルレッキーノ)がその成立過程で重要な役割を果たしたイギリスのパントマイムの場合のように、当時の劇場文化を構成する重要な要素のひとつとなっていたにもかかわらず、その実像が具体的な形で紹介される機会が極めて少ないという現状が、今尚あるように思われる。
そこで今回のシンポジウムでは、コンメディア・デッラルテのヨーロッパにおける独自の展開の様相を明らかにするための第一段階として、コンメディア・デッラルテの様々な登場人物たちの中でも特にアルレッキーノを中心的に取り上げ、18世紀のフランス、ドイツ、イギリスで上演された、アルレッキーノが登場する作品や、そこに登場する役者の演技などを具体的に紹介しながら、それぞれの国にみられたアルレッキーノの変容の性質を検証して行きたい。

奥香織「18世紀パリの縁日芝居におけるアルルカンの表象——ルサージュの作品を中心に」

ルイ14世の時代にパリに定住したイタリア人劇団は1697年に国外追放となるが、イタリア喜劇の「類型」は縁日芝居に取り込まれ、独自に発展を遂げていく。中でもアルルカンは演目のタイトルそのものに頻繁に登場し、さまざまな役で人気を博した。とはいえ、縁日芝居は公権力に認められていなかったために制約も多く、18世紀初頭には対話が禁止されるなどの障害もあった。こうした中で、縁日のアルルカンは、「王の常設劇団」である新イタリア人劇団(1716年に来仏)とは異なるかたちで表象され、発展していく。それは、後のブルヴァール劇のアルルカンへとつながる存在でもある。非公式の場で活躍したアルルカンではあるが、そこには、演劇史における重要性が認められるのである。そこで、本発表では、18世紀初頭のパリの縁日芝居のアルルカンに注目し、その特徴と上演の実態を明らかにする。特に世紀初頭に人気を博したルサージュの作品を中心的に取り上げ、同時代の他のアルルカンとも比較しながら考察を行う。また、制約が多い中でアルルカンがどのように表象されたのか、形式と演技の観点からも検討したい。

プロフィール:
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学、パリ第4大学博士課程修了。現在、早稲田大学、明治大学ほか非常勤講師。専門はフランスの舞台芸術(特に18世紀フランス演劇とその現代演出)、日仏演劇交流。論文:「マリヴォーとイタリア人劇団——演劇創造の源泉としての演技」(『西洋比較演劇研究』12号、西洋比較演劇研究会、2013)、「マリヴォーにおける「露呈」の演劇性」(『日仏国際シンポジウム 演劇と演劇性』、早稲田大学演劇映像学連携研究拠点、2014)など。

安田比呂志:「18世紀イギリスにおけるハーレクィンの変容——2作のパントマイム『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』を中心として」

1723年、ロンドンで2作のパントマイムが上演された。ジョン・サーモンドの『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』と、ルイス・ティボルドとジョン・リッチの『ネクロマンサー、あるいはハーレクィン・ドクター・フォースタス』である。ハーレクィンが主人公のフォースタス博士を演じるこれら2作のパントマイムは、18世紀のロンドンでパントマイムの人気を確立したことで良く知られているが、コンメディア・デッラルテの登場人物たちが、とりわけアルレッキーノがイギリスにおいて経験した「変容」の様相を具体的に示す実例という点でも、非常に興味深い作品となっている。
そこで本発表では、これら2作のパントマイムを中心に取り上げ、それらの上演の様子を可能な限り再現することで、21世紀の現在にまで高い人気を維持しているイギリスのパントマイムの伝統的な特徴を明らかにするとともに、フォースタスを演じるハーレクィンの姿をひとつの頂点とする、18世紀のイギリスにおけるアルレッキーノの受容と変容の様相について検証する。

プロフィール:
日本橋学館大学教授。専門はシェイクスピアを中心とするイギリス演劇。共著に『シェイクスピアの架け橋』(東京大学出版会、1998年)、『新訂ベスト・プレイズ』(論創社、2011)、『日本橋学館大学芸術フォーラム叢書3:18世紀ヨーロッパにおける演劇の展開』(2012)など、翻訳にトマス・オトウェイ作『スカパンの悪だくみ』(『西洋比較演劇研究』第11巻、2012)、ウィリアム・ダヴェナント作『劇場貸出し中』(同、第12巻、2013)などがある。

小林英起子:「18世紀ドイツ・ザクセン類型喜劇におけるハルレキーン——クヴィストルプの喜劇における下僕の変容を例として」

18世紀中葉、啓蒙演劇の中心ライプツィヒではゴットシェートの文芸理論が影響を及ぼしていた。それは道化役を良くは理解せず、スカラムーチェやハルレキーンを厳しく批評するものである。彼を囲む文学サロンに属していたのがクヴィストルプである。道化役追放を演劇改良の旗印とした彼らは、市民階級の主人公を誇張された性格と諷刺で描き、良徳と悪徳を示す類型喜劇を得意とした。
本発表では、クヴィストルプの1740年代の喜劇『牡蠣』、『山羊裁判』、『心気症の男』における下僕の役柄と喜劇性を比較し、コンメディア・デッラルテの影響の痕跡を検討する。クヴィストルプがいかに用心深くハルレキーンを変身させていったのか考察する。
18世紀初頭、即興芝居ハウプト・ウント・シュターツアクツィオーンではピッケルヘーリング等が滑稽役であり、フランス経由でハルレキーンが伝わった。ゴットシェートに翻弄されたノイバー座、組みしなかったハルレキーン役者およびウィーンのハンスブルストについても言及する。

プロフィール:
2009年より広島大学文学部教授。レッシング、ノイバー夫人、ザクセン類型喜劇、ゲーテ喜劇等18世紀ドイツ演劇・演劇史を研究。主書 „Lessings Anfaenge – Die fruehen Lustspiele im Kontext der Zeit.“ Bochum: Projekt Verlag 2003. 翻訳 T.J. クヴィストルプ作『心気症の男』(同学社)2009.