西洋比較演劇研究会2012年度 5月例会のご案内

今年は論文合評会は一休み、気鋭の発表二つがなされます。いずれも有名な「素材」であり、参加者もできれば準備の上、噛み合った質疑応答が活発になされることが期待されます

日時 2012年5月26日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学7号館 733教室(予定)

研究発表
1 村井華代
  『水死』における大江健三郎の演劇装置
要旨
 大江健三郎の小説は、しばしば歴史、あるいは個人史の再現のために演劇を「装置」として利用してきた。それは例えば、演劇として再現された過去の出来事を見た主人公が卒倒する(『万延元年のフットボール』他)、或いは村芝居が国家に抵抗する唯一の方策として上演される(『いかに木を殺すか』他)など、様々な形でおこなわれていたが、2009年の『水死』ではさらに積極的な方法が採用されている。主筋は大江本人を思わせる作家「長江古義人」の父の死の経緯を探るというものだが、全体の大半はそこに関係づけられる二つの演劇活動――長江の父の死にまつわる物語を、長江の作品と個人史から一つの劇としてまとめあげようとする劇団の企画と、村の歴史劇を現代的に再構築/解体して上演しようとする一女優の挑戦――に向けたテクスト作りと上演方法の描写に占められている。が、結局どちらの企画も上演には至らず頓挫する。これを演劇学の立場から取り上げる理由は、『水死』が、演劇をモデルとして世界構築をおこなうテアトルム・ムンディの現代日本における一つの展開であること、そこで大江が再構築した演劇モデルは、国家的記憶と個人的記憶、その双方との関連において確定されることなく揺らぎ続けるという、演劇に対する端倪すべからざる批評に基づくこと、そして、演劇と、近年盛んな記憶研究がいかに関係づけられるかという見地から重要な問題を提起しているということにある。記憶そのものの劇場的性質が、記憶の物語化・舞台化という演劇実践を通じて表出するという過程の描出は、現実におこなわれる記憶/歴史の演劇化と大いに関係するであろう。大江は作中、「演劇化」というタームを、状況に対する視点を複数化し、対話を導く場を展開する手続きという意味で使用している。このことは、統一された物語をなさない個人の記憶や国家の歴史が、舞台化を機に肉体化/可視化され、確定されてゆくプロセスとどう関係づけられるだろうか。20世紀のトラウマと向き合い続ける日本の作家が仕掛けた「装置」から、演劇と記憶/歴史の関係を考えたい。

発表者プロフィール:愛媛県出身。明治大学文学研究科演劇学博士後期課程満期退学。早稲田大学演劇博物館21世紀COE演劇研究センター助手(西洋演劇)を経て、現在共立女子大学文芸学部准教授(劇芸術コース)。時代・国別を特化せず西洋演劇理論全般を扱う。最近の関心領域は反演劇主義思想とユダヤ‐キリスト教思想の関係等。

2 間瀬幸江
 翻案戯曲『ジークフリート』と1928年――挑戦と逆行と
要旨
 1928年は、ベケットがジョイスに出会い、ブルトンが『ナジャ』を発表、ベルリンでは『三文オペラ』が初演された。そして、ジャン・ジロドゥが『ジークフリート』の華々しい成功とともに劇界にデビューした年でもある。これは1922年に発表した長編小説『ジークフリートとリムーザン人』を作家自ら翻案したものである。
 演劇が夢のジャンルだった19世紀後半を経て20世紀に入ると、小説は独自の地位を確立する。プルーストのように、演劇に親しみつつも、戯曲というジャンルに求められる語りの形式の束縛を好まず自らは劇作への転進を試みない小説家も増えた。劇界では「カルテル」の4人の演出家たちが新たな書き手を積極的に探し求めていた一方、依然商業演劇が人気を博していた。ジロドゥは、劇界の求めにこたえて、あえて戯曲というジャンルの束縛を選びとった小説家であるといえる。
 小説の語りは、演劇の語りにどのように移し得るか、あるいは移し得ないかについては、拙著ですでに考察を試みているが、今回の発表では、この小説の翻案の問題を、1928年の演劇史の文脈において捉えなおしてみたい。1928年に、戯曲というジャンルの束縛をあえて選びとるということは、いったいどういうことなのか。翻案にあたり、作家がすでに持っていた何が犠牲にされ、いまだ持っていなかった何がどこから持ち込まれ接木されたのか。ジロドゥによる翻案の実例の分析と、時代背景や当時の劇界等の人的交流のありようを連関させ、それを切り口として、1928年のフランスを立ち上がらせたい。

発表者プロフィール:2010年より早稲田大学文學学術院助教。研究分野はフランス近現代演劇ならびにフランス語教授法。両大戦間期のフランス出版界ならびに劇界における「絵描き」の仕事をめぐる人的交流を調査・研究中。著書に、『小説から演劇へ ジャン・ジロドゥ 話法の変遷』(早稲田大学出版部、2010年)、「寺山修司におけるジャン・ジロドゥからの影響――ラジオドラマ『大礼服』論」『演劇学論集』54号(日本演劇学会、2012年春)などがある。

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