例会案内について(再送)

西洋比較演劇研究会 会員各位
昨日ご案内した以下のメールが文字化けして読めないという報告が複数ありました。念
のため再送いたします。何度も申し訳ありません。
(以下貼り付け)
 過日の例会案内に一部不備がありました。あらためてご案内します。
日時 1月23日(土)14:00〜18:00
場所 成城大学3号館3F 小会議室
   (18:30より7号館地下ラウンジにて2009年度懇親会)
1 ルクサンドラ・高野=マルジネアン 「世阿弥の作品における<統一イメージ>
 — 現代と中世における解釈方法を巡って」
現代の能研究において、謡曲の「統一性」の概念はどのように考えられているのだろう
か(小西甚一、三宅晶子)。例えば、世阿弥の能における「統一イメージ」とは何だろ
うか。本発表では現代的解釈としての「統一イメージ」説の根拠の有無を確かめるため
に、U・Eco『物語における読者』の「読者・テキスト共同作業」という概念を援用しつ
つ考える。またこの問題を考えるさい、比較すべきは、中世においては「統
一イメージ」はどう根拠づけられていたかということである。そのことを「伊勢物語」
古注、「源氏物語」古注を参照しつつ、また中世の歌論における「本歌取り」の手法と
謡曲での「引用」の問題も視野に入れて考察したい。具体的には『井筒』を例として分
析する。
発表者プロフィール:ブカレスト生まれ。ブカレスト大卒(日本語・英語専攻)。
1992年以降日本留学(早大)、教員(金城学院大)を経て、現在出身地のクライオヴァ
市にある国立大学で日本語日本文化の集中講義を行う。研究テーマは「日本演劇におけ
る伝統の創造」、世阿弥の能および近松の世話物に関する論文多数。博士論文を日本語
・ルーマニア語バイリンガルヴァージョンで母国の出版社から近刊予定。
2 日高 真帆 「錯綜する知覚世界 —ワイルド作『サロメ』に関する一考察
—」
要旨
 オスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854-1900)による悲劇『サロメ』(Salome,189
6)
は、1892年にサラ・ベルナール(Sarah Bernhardt, 1844-1923)の主演によりロンド
ンでの初演の準備が進められたが、宮内長官の命により上演が禁じられた結果、初演は
パリにて1886年に漸く実現し、英国での初演は更に遅れて1905年となった。このよ
うに、『サロメ』は初演以前から物議を醸し、賛否両論が寄せられたが、その影響力
は甚大且つ広範に及び、翻案も文学からオペラや舞踊に至る迄多岐に渡るジャンルで生
み出されてきた。 ワイルドは劇作に当たり、当初は何編もの悲劇作品を書いたが十分
な評価が得られず、劇作家としての地位を確立したのは初演と同時に高い評価を得た後
期の喜劇作品を通してであった。そのような中で、『サロメ』は異彩を放つ存在である

 これまで翻案研究を含め多くの研究が為されてきた本作ではあるが、本発表では
今一度原点に立ち返り、悲劇『サロメ』の作品研究を行う。その際、作品を読み解く
鍵として、冒頭を飾る「見る」という行為を筆頭に知覚に関する要素に着眼し、登場人
物の知覚世界が如何に錯綜して悲劇が展開するかを考察したい。
発表者プロフィール:日 真帆(ひだか まほ)
清泉女子大学文学部専任講師。オスカー・ワイルドを中心に演劇研究を行う。主要業
績:単著 The Theatrical World of Oscar Wilde、共著『英国演劇の真髄』、『シェイ
クスピア、コングリーヴ、ワイルド』、『英国演劇論叢』、解説・ワイルド年譜『ドリ
アン・グレイの肖像』(光文社古典新訳文庫)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です